NEW! 「生はちみつ」、「非加熱」などの名称で、通常のはちみつと比べて栄養が豊富とか、酵素が生きているので健康に良いと宣伝している製品がありますが事実でしょうか?
1 「生はちみつ」「非加熱」の定義
「生はちみつ」の定義に世界的に共通しているものはありませんが、一般的には、巣房から採蜜した状態のままであるもの、又は採蜜したはちみつを比較的低い温度で加温して粗くろ過をしたものと考えられています。
また、「非加熱」も同様に世界的に共通している定義はありません。一般的な製造工程では、異物をろ過する前工程として、結晶化したはちみつを溶解するために「湯煎」などの方法で加温されていますので、「非加熱」を巣房にはちみつが保存されているときの温度(凡そ38度)程度の低い温度で加温することを指すケースもあるようです。
2 香り
はちみつは、蜜源である花等の種類によって「香り」に特徴があり、この「香り」がはちみつの美味しさを左右する重要な要素になっています。はちみつの味は、加温による香り成分の揮発(注1)やメイラード反応による香気成分の生成で変化しますので、はちみつが元々持っている香りを十分に楽しみたい方は、あまり加温していないはちみつを選ぶのがよいでしょう。
他方、はちみつを料理で使う場合や、はちみつの香りが苦手な方は、香りが少なくなったもののほうが向いていることがあります。
3 栄養成分
通常のはちみつと比べて「生はちみつ」は栄養が豊富という宣伝が行われていることがありますが、はちみつの一般的な製造工程の「湯煎」で行われる結晶を溶解させる程度の加温では分解する栄養成分はほぼありません。このため、「生はちみつ」や「非加熱」のはちみつが、通常のはちみつよりも特に栄養的に優れているということはありません(注2)。
*湯煎では水溶性のビタミンやミネラルは流失しません。
4 酵素反応
はちみつに含まれる酵素の働きによって、腸内環境の向上に役立つと言われているオリゴ糖やグルコン酸がはちみつ中に生成されますが(瓶詰になってからも酵素の働きで継続して生成されます。)、湯煎程度の加温であれば酵素反応への悪い影響は小さいと言えます(注3)。
なお、はちみつ中のこれらの成分の量はもともと微量であって、はちみつの摂取だけで効果を期待するのは現実的ではありません(注4)。
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(注1) はちみつを40度~80度まで10度ごとの区分で加熱したデータでみると、香気成分を含むフェノールの総量(TPC=total phenolic contentの略)は、加熱前の状態と比較して、60度の加熱を60分間行うことで約8%減少しています。
(「Composition of acacia honeys following processing,storage and adulteration」
(「J food Sci Tecnol」56(3)(2019);Nikolett Czipaほか)
(注2)外国のWEB記事で紹介された「生はちみつ」の栄養成分と日本での標準栄養成分表記載のものとを比較すると、次表のとおり。また、「生はちみつ」の場合でも食品表示基準で「含む」と表示することが認められるレベルには全く達しておりません。
栄養成分名 | 生はちみつ (※外国データ) | はちみつ (日本食品標準成分表) | 食品表示基準別表第12(含む旨表示) |
ビタミンC 総アスコルビン酸 | 0.5mg | 0 | 15mg |
ビタミンB6 | 0.02mg | 0.02mg | 0.2mg |
リボフラビン (ビタミンB2) | 0.04mg | 0.01mg | 0.21mg |
コリン (脂質系栄養素) | 2.2mg | 日本では分析対象項目ではない | - |
ナイアシン | 0.12mg | 0.3mg | 1.95mg |
葉酸 | 2μg | 7μg | 36μg |
カルシウム | 6mg | 4mg | 102mg |
鉄 | 0.42mg | 0.2mg | 1.02mg |
マグネシウム | 2mg | 2mg | 48mg |
リン | 4mg | 5mg | - |
カリウム | 52mg | 65mg | 420mg |
ナトリウム | 4mg | 2mg | - |
亜鉛 | 0.22mg | 0.1mg | 1.32mg |
銅 | 0.04mg | 0.04mg | 0.14mg |
セレン | 0.8mg | 0 | - |
※「生はちみつ」の外国データとは、「Raw Honey:Nutrition Facts & Health Benefits」
(John Staughton)。https://www.organicfacts.net/raw-honey.html。この文献では「生はちみつ」を「未処理、低温殺菌もされていない、完全に非加熱」のものと定義しています。
はちみつを加熱した実験データではないが、一般的に加熱の温度や加熱方法の違いによる栄養素の減衰状況を調べた実験データでは、ミネラルや水溶性のビタミンCは、スチームや電子レンジ調理の方法では変化がほとんどありません(出所:「無水調理によるブロッコリーのミネラル・ビタミンの変動」(「生活衛生」VOL42NO5(1998);大阪市立環境科学研究所 川越昌子ほか:ビタミンCはスチーム調理で72%~102%、電子レンジで90~104%、)。
また、未加熱と60度の定温スチームで調理した場合との比較でも、アスコルビン酸(ビタミンC)の減少率は、サツマイモで10%、ジャガイモで17%となっています(出所:「低温スチーム加熱が野菜中のアスコルビン酸含量に及ぼす影響」(「日本食品科学工学会誌」第63巻第8号(2016年);静岡県農林技術研究所 豊泉友康ほか)
(注3) α―グルコシダーゼはショ糖からぶどう糖、果糖、オリゴ糖を生成させる働きを持つ酵素であり、グルコースオキシダーゼはぶどう糖からグルコン酸と過酸化水素を生成させる働きを持つ酵素です。
α―グルコシダーゼは60度以下で安定的であって、最も活性する至適温度は60度ですし, グルコースオキシダーゼは50度以下で安定的であって、至適温度は40から50度とされています(出所:東洋紡 バイオケミカル事業部HP 酵素一覧)。
そのほか、はちみつを50度で1時間加熱した後のこれらの酵素の残存活性は、α―グルコシダーゼ54%, グルコースオキシダーゼ25%であったとする研究もあります(出所:「蜂蜜の品質に関する研究(第1報)蜂蜜酵素の安定性」日本食品工業学会誌 21 (5), 1974)。
(注4)「グルコン酸およびその塩類の特徴・機能について」(ミツバチの科学第22巻第4号(2001)永井照和(藤沢薬品工業㈱)。1日2gのグルコン酸で腸内ビフィズス菌が有意に増加したことが研究報告されているが、はちみつ中のグルコン酸の含有量は0.1%以内に過ぎない。